尊敬される父親であってほしかった
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娘はお盆は休みではありません。
早めに休みをとりお盆初日の昨日はもう帰って行ってしまいました。
滞在中も中学や高校の友達とランチや飲みで家にいないときも多かったですが、まったりした時間も持てました。幼いころから精神年齢が高かったので、夢見がちな(私の場合現実逃避でもあるのですが)私とはバランスが良く、シリアスな話もアホな話も何を話しても楽しかったものです。大学入学以降これから先もここに一緒に住むことはないと思うとその頃の日々が切ないほどに懐かしいです。
親子喧嘩や娘を叱責した記憶はひとつもありません。<四の五の言わずに自分がやれることはやって流していく>のようなポリシーがあり、相手に対し<なんでそうなのよ!なんで私が?!>というようなことは思わないという省エネ型思考がうらやましいです。自分にとって重要だったり楽しめること以外には感情の時間を使わないのです。人情派ではないので恩着せがましくなく人の役に立ち信頼される学生時代でした。
父親の理不尽な不機嫌さのことももクールに受け止めていたと思います。夫は自分のやりたいようにしかやらないのですからこちらが熱くなっても無意味でしたからね。立場が違うので私には無理なことでしたが。ただ進学できるのだろうかという不安は大きかったので勉強に打ち込むことでそれを忘れるようにしていたようです。
実家でみんなから今の生活を聞かれ淡々と答えてその順調ぶりや苦労を知りましたが自宅でそういう話をすることはありませんでした。そんな娘にかける言葉など夫にあるはずもありません。その気まずさを娘は避けたのだと思います。
<どこまでも哀れな父親だ>そしてその妻である私。
娘を見送ったあとからやりきれない思いに苛まれています。