「しょうがない」から「どうしろって言うんだ」へ
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この時期のことはまだ書き足りないのです。
やはりそこにはお金の問題より先に夫の人格的な問題があると思うので。
これまでのことに区切りをつけたいという動機から連日のように記事を書いているのでもう少し続けます。よその主人の悪口を読んで楽しめる人もそういないとは思うのですがお許し下さい。
その頃、耳にタコができるほど聞いてきた夫の言葉「しょうがない」が「どうしろって言うんだ」に変わりました。具体的なことを言わないところが私のストレスを生み、経済不安に拍車をかけてきたわけですが、この変化からは決定的なニュアンスの違いが実感できました。「しょうがない」にはあったほんのわずかな可能性が「どうしろって言うんだ」では完全に失われました。
こんな抽象的なことばかりで何も解決するわけないですよね。洗いざらい全部話してくれてそこから話し合って方向性を模索するか、或いは完全降服するかを決めるしかないじゃないですか。
変わったのはセリフだけでした。
事態が悪化していて打つ手がない状態だと思いますが、打つ手がなくなったときにすべきことだってあるじゃないですか。しかも、負けを認めなければ負けじゃない、という変な根性論も主張して、往生際まで悪いのです。
事態が悪化していて打つ手がない状態だと思いますが、打つ手がなくなったときにすべきことだってあるじゃないですか。しかも、負けを認めなければ負けじゃない、という変な根性論も主張して、往生際まで悪いのです。
だいたいどうしろもこうしろも言ったって聞いてくれたことなどない、「だったら私が悪いの?」に対しては「そんなことはない、悪いのは自分だ」と言う。
責任は自分にあると言いながら責任をとろうとしない。愚かな上に卑怯者でもありました。
お目汚し、本当にごめんなさい。